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虐待を生きて~kasumi&michieのキルティング人生と快復~

虐待の連鎖を切る手助けをしたい。。 これからは、一緒に歩いていこうね。 2010年私なりの終止符うちました。 新しい道はどんな道??

   
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 悲しんでいる あなたに 届けたい

ほんの少しだけ 顔をあげたら  僕が

ずっと君のために 歌い続ける

ホンの 少しの笑顔  僕に伝えてよ




迷子になってる心

ちゃんと探しに 行こう

そして 歩き出そう  

自分の力で   信じよう  自分を



未来を見つめて   夢を見つけて


自分の力で     手に取ろう

できるよ   きっと   忘れないで 

    




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夫の記事を読んでこれまた

そっか結婚したときからそうなんだ…と落ち込み。

http://blog.goo.ne.jp/goo5comodo

そりゃカスミは霞を食べていてもいいと思うけど…。

また心の中では泣いている人がいてたぶん1番世の中に出ている四千恵さんかな。




頑張っても頑張っても金銭感覚の緩い人はそのままで処理は別の人がしているから泣く。

以前は万単位で消えるお金。


困ってる人は家計簿をつけようと努力する。けどそれが嫌な人は隠す(笑)


料理も出来るのにしたくないと駄々っ子になる。

困ってる範囲が狭くなったけど困ってないわけじゃないんだ…と気がついた。



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今日って101010の日なんですね。
それがどうした・・・・って(笑)

いえ、私が自分でごろのいい日を見つけたのは初めてだったので(笑)



以前から音を録りたいというりぼんの高島さんことタッカの希望でiPhoneで録音。


りぼんの歌はたぶんたくさん聴いている人のうちに入ると思われるけど初めて聴く曲も多くて驚きでした。

タッカの裏声初めて聴いた(笑)

裏がわる(ひっくり返る)じゃなくて、あえてだす裏声。(ファルセットっていうんだっけ?)

なみちゃんも登場して、りぼんの曲・・・半分くらいかな?
まだまだある・・・。(笑)

2時間歌いっぱなし、ハープ吹きっぱなし・・・・。
16時に、限界か??(笑)

けど楽しそうだった2人でした。


コロポックルっていう唄があって、いいなあ・・・って思った。

お疲れの二人に、最後に私の曲を聴いてもらいました。
まだまだ、ピアノに気をとられると歌詞を忘れるし、歌詞に気を取られるとピアノを間違うし、弾き語りとはいえない・・・・。まぁ・・・しいていえば、弾いて歌っている(笑)


でもなみちゃんは、私の音楽の忘れものを取りにいく、親分でもあるので、2人がいる時に、歌おうって思っていたので、それが達成できてよかったわ。


緊張することこのうえない。手が震えるのなんのって・・・。

後はカズかな。(笑)


歌い終わった後、拍手してもらって。。。ありがとうです。

丁度一年前にピアノに触り始めて、こういう事になるとは思わなかったけれど、自分の中で「ピアノの好きだったんだな」とか、夫が記事に書いているように、私なりに両親のことは好きだったんだなとか、好きだからこそ、嫌いになって、会いたくないという気持ちにもなるんだよね・・・と、本当に一つ一つ積み上げて生きてるなぁ・・・と最近の気づきです。




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 去年も参加して、脳のしくみについてなるほどなぁ。。。と思う事が多かった。

今年も、開催することにあたり、聴こえない人への配慮があり、2人の参加者があった。

二人とも、長く活動を共にしてきた人たち。

先週チラシをもらい、配って歩き、メールで参加を呼び掛けた。

聴こえない人にとっても、脳梗塞とかは聴こえる人とおなじように起きる可能性があるから。

ただ、隣で寝ている家族のいびきの音には気がつけないし、早期発見が無理な時もありうる。

いろんな新しい事がわかるたびに思うけれど、おんなじ国に生まれて来ても、情報に差があるんだということ。

またしても、置いてきぼりになっていくんだという事実。

けれど、今回通訳者が立つことで気づきがある医療関係者はいるだろう。
けれど、函館市内の病院で即座に手話がわかる関係者は皆無。


20年前に私が職業病で倒れた時に、通訳者がいなくなり、聴こえない世界では「無医村」と同じになった時と、そう変わらないのかもしれない。


今日は、障がいがあっても、なくても安心して住める終の棲家を作ろうと活動しているAさんの横で、メモを取った。

資料にかけるだけの情報を書いて渡した。

私達聴こえる人間は聞きながらメモを取る。
大切なことは記録する。

でも、彼らはそれができない。

理事会の時に、「俺が行ってもいいのか?」と聞くのでもちろん。私も行くからと誘った。

知りたいことがいっぱいだろう。
聞きたいこともいっぱいあるだろう。


通訳付きって書いていないとそこは門が閉じているのと同じなのだ。

なんだろう?と思っても、そこには何があるのかわからない。

いつまでたっても戦時中と同じだと彼らは笑うが、本当なら笑いごとではない。

聴こえる人が楽しめて、聴こえない人が楽しめないっておかしいでしょ。


見えるんだからしあわせか?

見えない人よりましでしょ?とかいう人も多いけれど、孤独って会話する相手がいないって淋しいよね。

見てわからない障がいの重さはいつになったらわかる国になるんだろうか?


通訳者の数が増えないのはしんどいからだ。

身につけるまでの期間と、その報酬が割にあわないし、無理すると体が壊れる。

10年経ってまだひよこ。

一人前になるまでには、何年待てば聴こえない人が楽しい世界がやってくるんだろう・・・と久しぶりに考えた日でした。


高次脳機能障害の当事者でDrの山田規畝子さんのお話は深かった。
そして彼女も息子がいるから「生きる」って思うと言っていた。



そして、偶然かなその山田さんが脳の快復に使って来た時間と、私が心の快復に使って来た時間が同じだった。去年手にした本は難しくて半分しか読んでいない。(笑)

なので、言葉を掛けたくて本を買い、サインをしてくれるという事だったので並んだ。

そして、「生きて!」と言葉を書いてもらった。

当事者ですか?と聞かれたので、外傷はないけれど、虐待の後遺症みたいなものがたくさんあって脳の認知の回路が歪んでいるみたいなんですと、話すと「今も死にたいの?」と聞かれた。

「先生と同じく子どもがいるので、今は考えないけれど苦しい時があります」と答えたら、「仲間やね」と手をだしてくれて握手した。

「連絡できる方法ある?」とさらに聞かれたので、名刺を渡した。
自分も、HP探してメールしますと、答えていた。

神経心理学という言葉で説明されていたことがとても興味がある。

連絡が取れて、また話せるといいなと思う人だった。

脳の仕組みについて、聴ける人ってそんなにいないだろうし、いまさらっと、本を読んだら、飲んでる薬は同じだった。

まじめに虐待を受けた人のための治療施設作ってくれないかな?


子どもだから、親が頑張ってくれるならできるかもしれないが、その親が不適切な扱いをするんだから、どうにもできないんだろうか?


またまた、こどもも置いてきぼり。

声なき声はどこにも届かないのかな?



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よろこびにつながり

ただそれだけが。あればしあわせ・・・・かもね?
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