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虐待を生きて~kasumi&michieのキルティング人生と快復~

虐待の連鎖を切る手助けをしたい。。 これからは、一緒に歩いていこうね。 2010年私なりの終止符うちました。 新しい道はどんな道??

   
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昨日の映画から、動画を探していたら、おお~~!!って位平原綾香が・・・。

私の好きな曲ばっかりで、クラシックを歌っているではないか!!

って情報遅い??

超楽譜欲しいのに、ヤマハはお休みだし。

明日、行ってこよう。
CDは買うべきか、借りるべきか?(笑)



ネットで買ってもいいんだけれど、歌詞が・・・・。

欲しい!!って聞きながら、パソコンで打てばいいって話だけれど、聞きいってしまって手が止まるんです。


さて、今日は「サヨナライツカ」R15指定の函館出身の作家の辻 仁成さんの原作の映画を見てきました。

なぜR15は、抱擁のシーンがリアルだったかな?

去年の「さくらん」との違いはなんじゃらほい?だけれども。(笑)

人を愛するってなに?の世界の人なので、わからなくはないが、そこまで人を愛おしいと思う事はないかもしれない。
だまって、信じて25年も待つなんて人生設計にはないし、そこまで愛着を持つ事がないので、「ふうん。こういう恋愛も出来るといいかも?」とは思ったけれど、「残念」そこまでエネルギーはないし、耐える力もない。


石田ゆり子さんのセリフで「人は死ぬ時、愛されたと思う人と、愛したと思う人の2通りの人に分かれる」と言うのが何度か出てくる。

私はどっちだろう。

愛されたとは、多分思わないかな。



私の命が消えた時に、どんな人が集まるだろう。

私的には、こっそり消えていきたいけどな。

生きているのか、死んじゃったのかわからないままでいたいと思うのはわがままでしょうか?

それとも、いてもいなくてもいいという存在の子ども時代の習慣でしょうか?


それこそ、千の風になるんだし。(笑)


帰りに整骨院により、右腰の坐骨神経痛の治療を久しぶりにしてもらい、「痛い!!」って何度も叫んでしまいました。少し通わないと・・・ね。(笑)





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本日、映画を見に行こうと決心したものの、時間を間違えて目的のものとは違う・・・なんてミスをしてしまい、また明日も行かねばならない・・・ってことに。


せっかく外に出たんだしとまねきねこへ。
結果建物の中だし。

映画はオーシャンという地球規模の話題で、宮沢りえさんがナビをしていました。
そのエンディングの歌が平原綾香と藤澤なんとかって人の歌で、「Sailing my life」という曲で歌詞がいいなぁ・・・・と、思ったのでした。
16時から19時までなんだかんだいろいろ歌ってたわけだけれど、原曲よりキーを3度あげて歌いましたところ、新たな発見が(笑)

説明できないではしょりますが。

それと、発声練習のつもりで歌っていたので体が共鳴しすぎで、しびれてる感じが永遠に・・・・。(笑)

そして、「十五の手紙」をグリーフワークのつもりで歌ったら、泣けること。

マジ、あのころの私へ伝えたいです。
そんなに自分の夢をあきらめる必要ってないんだよって。

どれもこれも遠回りに見えるけれど、35才年上のあなたは結構楽しいことしてるからねって。

伝えたいですね。


けれど一つ一つ捨てて、生き延びて今の私を作ってくれた15歳の私には感謝。

耐えがたいこともいっぱいだったのに、死なないでいてくれてありがとう。

森山直太朗の「生きていることがつらいなら」も歌詞を読みこむと、あの頃の私に伝えたいです。

15才の私はピアノを弾きながらトワエモアの「誰もいない海」を歌っていまして、「つらくてもつらくても死にはしないと・・・・」と毎度歌っていたわけです。

2月3月は時間があれば練習の日々で、こうぽっかり時間が出来るとどう過ごしていいかわからないってのが、困りものです。(笑)

とりあえず、明日も映画に行こう。

見たいのは、サヨナライツカなんですがR15なので、なにがR15にさせているかを確認に・・・(笑)

ボランティア券が明日までなので、2月は1本も見てないし、このままでは3月もッテことになりそうなので、今日1本、明日2本見て来る予定。

さて、動画探そう。




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とある知り合いからの電話で「kasumiさんってうつどうやって治したんですか?友達がうつで、いつになったら治るんだろう?って相談してきたんだけど」



「どうやったら治るんだろうって考えなくなったら、薬も減ったし、必要なくなったよ」
とか

「自分で治そうって努力をやめたら、薬が減ったよ」
とか


「薬が増えてとか減ってとか一喜一憂しないこと」
かな・・・・と。(笑)


あなただって、どうしたらいいんだろう・・・っていっぱい考えていた時は、いつまでも快復出来ないで、グルグルしてたじゃないの。
だから、他人の相談受けてたら、またグルグルになってしまうから、「私にはわからない」っていう練習もしないとね・・・というと、


訪問看護師さんも同じこと言ってた・・・。ケラケラ(笑)

笑い事じゃなくてさ・・・。

生きるか死ぬかだったこと、考えてよね(5年前か)

自分がやっと上昇してるんだから、あえて下降しないように気をつけてくださいね。

そういって電話を切った。


人の役に立ちたいって気持ちは、わからなくないわけではないけれど、自分にゆとりがないとできないんだし・・・と、自分にも言い聞かせ、「うつかぁ・・・」と少しどよんとした瞬間でした。


もう、戻りたくないよね。

私の場合、その原因が虐待だってさ…てことがわかってから、さっさと上に向いて言ったので、うつうつしていたのは、職場でいじめられていたのに、助けを求められなかった時の方が長いし、その原因がわかったあとの記憶はあまりないので、多分、今の私じゃない人が病気してたんだと、思うのです。
ただ身体的な記憶は、動悸(これはいまでも、時々出てくる)と、私には何もできることはないという思い込みと、力尽きて、家事ができない、したくない(これはいまでもある)身の回りを整理出来ない習慣がついているので、物をなくしやすい。


眠れなくなってから、9年目に突入ですが、それでも生きてるからいいんだ


さて。映画に行くか。(笑)






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いろんな意味でのボーダーライン。

被害者でもあり、加害者でもあった虐待のはざま。

聴こえる人でもあり、聴こえない人の仲間でもあるはざま。

精神疾患かな?
病名はあるようでないけど、人格が交代する時がある私。

ラインっていうより、ゾーンかな。

時々それが苦しいんだよね・・・。

白か黒かはっきりしてないのが辛くなるんだけど、仕方がないんだよね。(笑)

どっちでもないし、どっちでもあるんだから。


グレーでもないんだよね。
コインを回してクルクルしてる状態がずっと続いている感じ。

そいで、時々とまるのかな?って期待するけれど、壊れたレコードみたいに止まらない。


それが、私。

昼間はなんとかなるんだけど夜になると思い切り孤独になるんだな、一人でいるとさ。

そして、いつまでも起きてて時間を見ないで過ごしてしまう。

怖いから。

今は何も起きないし、誰も怒らないってわかっているのに、一人で寝るのが怖いんだわ。たぶん・・・・。



今日、通院のばしちゃったし。
次採決あるし。検査だし。

どよ~~~んだな、早く寝よ。(笑)

テンション下がる前に寝よっと。おやすみなさい。


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 ある友人が気になっていました。

自信がなくなっているだろうと思い、話をしたいとずっと思っていた人です。

先週メールをしてもそっけなく、もしかしたら、会う事も嫌だといわれるのかもしれないと思っていたのだけれど、思い切って昨日再度メールをしました。

考えを変える気はないから、あっても無駄と返事がきました。

考えを変えてほしいと思っているのではなく、何が起きたのかを知りたい。

また、あらたな相談があるんだと伝えたら、「あってもいいよ」と返事がきました。


人を信じるのはもううんざり・・・。
かいつまむと、こんな印象でした。


今日、飛行機で東京に転勤する私の友人も同様に心配をしていたので、約束の時間より15分ほどあとに電話をしてくれるように頼み、ここでの最後の別れの言葉を交わしました。

いろんなありがとうをもらって、少し顔がほころびました。

この半月の間に起きた経過、今の気持ち、将来のこと、短い時間だったけれど確認できて、良かった。

そして、私とその友人の心のずれは無いこと。

今は、離れているように表向きは見えても、心は想いは一つだと確認した。

私の想いはその友人の生きざまから学んだことでもあり、本当に実現したい事なのだ。

方法論が違ってもいつか必ず、重なるんだと確信しました。

今は、近寄りたくないという気持ちは尊重したいし、私も出来る事は、していくし、私なりの責任を果たしたいと思っています。

それを、「いったい何が起こったの?」と疑問に思っている人のところに届けました。


そしたら、kasumiさんは「いつでも一番苦しい人のそばに寄り添う仕事をしているんだね」って言われました。

本人自覚はないし、そんなに大変なことじゃなくて、普通のこと。

けれど、周りからみると、そう見えるのかもしれない。

けれど、それは私自身がだれかに寄り添ってもらいたかったという気持ちがあるからなんだと思います。


あえてよかった。

本当にそう思います。

悩んでないで動く、これ基本ですね。

そこも、今日あった友人から学んだことの一つです。

そして、「私、この人の友達なんだ」と実感しました。

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