虐待を生きて~kasumi&michieのキルティング人生と快復~
虐待の連鎖を切る手助けをしたい。。 これからは、一緒に歩いていこうね。 2010年私なりの終止符うちました。 新しい道はどんな道??
- 2025/01/23 (Thu)
[PR]
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
- 2010/11/24 (Wed)
見送り
昼ころ、関西方面に向かう友人を見送ってきました。
仕事でけがをして、高次脳機能障害を持ち、そしてリハビリ中の彼ですが、自宅に戻ることになっていた今日。
去年函館に来たときとはずいぶん機能的には快復をして、めでたし・・となる道しるべが夏ころから、違った方向へ進んでいました。
細かいことはかけないのだけれど、これから先苦難があることは分かっていて、でもそれを越えてどんな人生を送っていくことになるのは、とんでもなく不透明。
そんな彼に私は何が出来るか?
笑って、またね!と手を振る。
写真、嫌いだけれど「michieちゃんに逢えるとうれしいんだ」という言葉をいつももらっていたので携帯で撮り、彼の携帯へメールで送り、保存。
そして、こっち向いてという声に、振り返り、私の写真を撮って保存。
「僕、大丈夫と思う?」という不安そうな声に「大丈夫だよ、みんながついている。遠くても心の中でいつでも応援しているから」
具体的には、何もできないけれど、「大丈夫」
よくわからないけれど、私はそう思うから、「大丈夫」
そう伝えた。
メールしてもいい?
電話してもいい?
この一年何度も聞かれたこと。
「いいよ、出られない時もあるけれど折り返しかけるから大丈夫」
遠慮して、長くても3分以上は、話をしてこないけれど、「ごめんね」という彼に幾度となく「大丈夫だよ」。
あなたのままでいいんだよ。
頑張らなくてもいい、踏ん張ってね。
そう交した別れ際の言葉。
お互い逢えてよかったね、本当にそう思うから。
いろんな事がトラウマになって、怖くてたまらないだろうと思うととても切ないけれど、彼なら「大丈夫」
そう思う。
見て分かりにくい障害をもつということ。
分かってもらいにくい部分を持っていること、生きにくさ。
でも、命がある限り「大丈夫」
だから私は笑顔で姿を見送り、飛行機が飛び立つ瞬間まで、デッキで見送った。
私の姿を見ているかどうかは、関係なくそうして見送りたかった私がいるから、手を振って「いってらっしゃい」
そう言った。
にほんブログ村
仕事でけがをして、高次脳機能障害を持ち、そしてリハビリ中の彼ですが、自宅に戻ることになっていた今日。
去年函館に来たときとはずいぶん機能的には快復をして、めでたし・・となる道しるべが夏ころから、違った方向へ進んでいました。
細かいことはかけないのだけれど、これから先苦難があることは分かっていて、でもそれを越えてどんな人生を送っていくことになるのは、とんでもなく不透明。
そんな彼に私は何が出来るか?
笑って、またね!と手を振る。
写真、嫌いだけれど「michieちゃんに逢えるとうれしいんだ」という言葉をいつももらっていたので携帯で撮り、彼の携帯へメールで送り、保存。
そして、こっち向いてという声に、振り返り、私の写真を撮って保存。
「僕、大丈夫と思う?」という不安そうな声に「大丈夫だよ、みんながついている。遠くても心の中でいつでも応援しているから」
具体的には、何もできないけれど、「大丈夫」
よくわからないけれど、私はそう思うから、「大丈夫」
そう伝えた。
メールしてもいい?
電話してもいい?
この一年何度も聞かれたこと。
「いいよ、出られない時もあるけれど折り返しかけるから大丈夫」
遠慮して、長くても3分以上は、話をしてこないけれど、「ごめんね」という彼に幾度となく「大丈夫だよ」。
あなたのままでいいんだよ。
頑張らなくてもいい、踏ん張ってね。
そう交した別れ際の言葉。
お互い逢えてよかったね、本当にそう思うから。
いろんな事がトラウマになって、怖くてたまらないだろうと思うととても切ないけれど、彼なら「大丈夫」
そう思う。
見て分かりにくい障害をもつということ。
分かってもらいにくい部分を持っていること、生きにくさ。
でも、命がある限り「大丈夫」
だから私は笑顔で姿を見送り、飛行機が飛び立つ瞬間まで、デッキで見送った。
私の姿を見ているかどうかは、関係なくそうして見送りたかった私がいるから、手を振って「いってらっしゃい」
そう言った。
にほんブログ村
PR
Trackback
TrackbackURL
Comments