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虐待を生きて~kasumi&michieのキルティング人生と快復~

虐待の連鎖を切る手助けをしたい。。 これからは、一緒に歩いていこうね。 2010年私なりの終止符うちました。 新しい道はどんな道??

   
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 高校時代は本当は吹奏楽に入りたかったけれど、どうしても、だめで合唱部に入った。

そこで、M市の一年上の先輩が、子どもリーダーの活動をしていて、偶然であう。

その先輩は歌がうまくなりたくて、合唱部に入った。
ときどきM、そこはお前はうたっちゃだめ・・・と言われるらしい。

この人も手紙が多くて、一度だけ家に行ったことがある。
本当に誘われると断れないって言うものあるんだけれど、そのご要望に応えなければ・・・という癖みたいなものがあるんですね。

けれど、そこで言われた言葉は「そんな面倒なお家の人と付き合わなくても・・・」というMさんの母の言葉が突き刺さった。
なので、

手紙はたくさん書いたし、お互い帰省した時に、映画をみたりしたけれど、結婚なんてまったく考えていなかった。
そして、現実につきあっていた人のこと、またMさんが同棲生活をしていることもお互い知っていたから、私と結婚なんて考えてなんかいないだろうと。。

専門学校の時は、とても優しい人がいて、ある意味依存して生きてた。
農家の人で、やっぱり結婚しようって言われて、でも仕事もしたくて、離れていたけど、やり取りはあって・・・。




社会人になって通信で社会福祉主事を取るために東京に行った時にあった。
その時に、彼は頓珍漢な台詞を(笑)

kasumiって、もう処女じゃないね。

帰りの電車の中で泣いた。泣いた。

あの~~私って出会った時から、セックスは知っていたけど??みたいに。

なんかピエロみたいだった。

知った振りして、なにそれ??って。

自分だって、同棲してるじゃんか。(笑)

現実結婚を考えていた人とは、妹を連れて・・・が難関でどうやっても認めてもらえなかった。
長いこと、つきあったし、結構本音で話しもしてきた人だったけれど、何度も「死にたい」と叫ぶ私に付き合いきれなくなったみたいで・・・。

お互い求めていたけれど、別れた。
その家も、私をめんどうな家の娘って表現した。








私は、現実彼がいるけれど・・・。
手紙とか、電話で話すことをあまり悪いことだと感じていなかったし、事実は告げていたので、それでもよければどうぞ!って。


そんな付き合い方しかしていない。
求められれば体は差し出すし、避妊も知らないのでそのまんまだった。

キスも、抱かれることも求められるまま。
そうしなければいけないんだって思っていた。
拒否できるなんて知らなかったわ。


男性と付き合う時は、何も知らない女性を演じなくてはならないので、苦しかった。
一気に思い出したので頭がいたい・・・。

今思ったけど、同時に何人も彼がいたんだね。(笑)
それぞれの人格さんの技かしら??
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