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虐待を生きて~kasumi&michieのキルティング人生と快復~

虐待の連鎖を切る手助けをしたい。。 これからは、一緒に歩いていこうね。 2010年私なりの終止符うちました。 新しい道はどんな道??

   

カテゴリー「kasumiの日記」の記事一覧

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暑かった。

そして満員御礼で…。

少し待っていたら吹奏楽団の学生が使っていいっすよと空けてくれた。


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 マザーテレサの生誕100年を迎えて映画が、7本。そのうち5本を今週、朝一番で見ていた。

マザーの「愛があれば」と言う言葉にひかれたのが28歳の時に見た、マザーの活動の映画だった。

そのころは、「愛がない」ってことに気づいていないので、とても感銘をうけて、その時の仕事だった認知症の患者さんにも、優しく出来てた。

優しくないなぁ・・・と思いはじめたのは、虐待があったってわかってから顕著になった。

若いころ、傷つけた人もいっぱいいるのは自覚していたけれど、さらにさらに、自分の傲慢さ、醜いものが父にそっくりだってわかってしまって、それは今でも苦しい。

その父も多重だっただろうと、H氏に言われて、「ため息」だらけ。

確かに、妹と語る父は「kasumiを心配する一般的なおじいちゃん」のようだ。

だから、私だけが悪者?って気になるし、子どもの時から、悪い事は全部私の責任だったから、「私が悪いんだ」ってついなってしまう。


ぶつけるところがない。

犯罪に走るわけでもなく、今は自傷するわけでもなく、もんもんと自分と戦う。

妬ましいと思う感情、羨ましいと思う感情、なにもかも壊したくなる感情、それは凄まじい勢いで、葛藤し始める。

何かに没頭出来ればいいのだれど、こういう時に限って、ピアノが弾けない状況になってる。

怒りで出していた感情を止めようとする。

怒りだすととんでもないことを言いそうになるし、それこそ「悪魔のささやき」の「ぶち壊せ」に負けそうになるから。(本当は、すご~~~い意地悪だからね。わたし・・。)


今年は、自分の車の事故、まーさんの事故、突発性難聴(だいぶ快復してきたけど、まだまだ聴こえにくい)仕事の時は困らないけれど、普段の会話、電話・・・・。厳しいです。

だから、電話しないようにしていたけれど、言葉がわからないから、聴き返す。
話をしたくないのに、結構重大な電話が来る。

今日は、自分からかけた電話、しなければよかったと、心からそう思った。
自分でしたことに後悔は最近しない自分になっていたんだけれど、今日は本当に、『しなければよかった。』

ぼろぼろの自分なのに、まだ踏ん張るのか?って。

そう思うけれど、踏ん張っていないと倒れる私。(笑)


それくらい根っこがないってことか・・・・・。


6倍しんどいこともうれしいこともあるんだったら、眼に見えるものが欲しいなぁ。Orz


マザーの言葉に「もっとも小さき者に愛を」ってあるんだけれど、子どもに愛を手渡すとか、孤独な人をたった一人で死なせてはいけないと何度も言っていた。

死ぬ間際に、誰かの手のぬくもりを感じて亡くなってほしい、だれかに感謝する気持ちで天国へ・・・という事だと思う。

たしかにそうだよね。

けど、私は誰もいなくてもいいかなって思っている。 伝え聞いて、かなしいとか、寂しいとか、思ってくれている人が一人いればいい。(笑)

それで、私が生きていた意味が伝わっていれば、いいなって思う。 家族には正直なところ、「迷惑掛けてごめん」って気持ちだから。

自死は選ぶことはないけれど、孤独でいいかな。(笑)
その方がkasumiらしいような気がする。

聴こえない人からもらった愛。 でもそれじゃないよって思う人格もいるってことなんだね。 だから、いつまでも「親の愛」を探すんだ。わたし・・・・。

変化するのが嫌な私もいるってことなんだね。 わかったよ。 だから、邪魔って言葉や、違うって言葉に反応するんだね。 わかったよ。


イラクの子どもたちへの「チョコ募金」の生みの親の佐藤さんのお話を聴いて、「もっとも小さき者」は子どもだよね?って確認できたことと、なぜ「イラク?」と思っていた部分が解消された。
そうですね。

日本の自衛隊が海外に派遣されたのは、この戦争でしたね。
過ぎた事は忘れちゃう。

それが人間の常だから。

けど、忘れたい記憶はいつまでも残っているのはなぜだろう。

死んでしまう側の子どもだったら、また違う事を考えるんだろうけれど、未来が見えないのは虐待を受けている子どもも、似たようなものだと思う。

理不尽な怒りと戦うのだ。
だれも味方はいない。

親も、大人も。

そして、同じ立場の人間にも会えない。
そういう意味では、もっとも孤独かな・・・・。


大人になれて運が良ければ、サバイバーに出会える。
今はネットでね。

10年前なら考えられないこと。
自分だけではないというのは、力になるんだなと、実感。

誰からも支援されない立場の人を支援できる社会、世界でありたい。
作りたい。
あ・・・・

仲間がいないとできないよね。じゃ、孤独じゃだめじゃんね。(笑)



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 9月の10日から12日まで恒例のユニバーサル上映祭

今年は、デフパフォーマンスのゲストを二人呼ぶので、わたげも、少し大変かも?

それにともなって、その直後に札幌でユニバーサル上映が教育文化会館で午後から、行われる。

そして、もしかしたら「世界会議に参加できるかも?」っていう日程が、10月31日。場所は静岡の浜松。

できうるならば、世界会議に参加できるといいなぁ…と思っている。

そして、11月は函館市内で上映祭。

9月~11月までは、映画の関係が主な活動になっていた。

それだけでも、手一杯。

人を増やす事で解消できることもあるけれど、そのデメリットも否めない。
だって、私は人とつながるのが好きな人と、嫌いな人と、苦手が人とがいるから。

昨日吹奏楽団の定期演奏会でのアンケートを読んだ。

認知度は高まってきているし、受け入れもしてくれている人が増えてもいる。
でも、全否定の人も、数人だけれど、手厳しい。

しかも、音楽関係者の一言って、すごく重い。


「いらない」

そりゃ聴こえる人にはいらないっしょ。

「邪魔」

そうですね、でもひろいステージじゃないから仕方がないのよ。

「下手」
ミュージックサインのうまい下手は、聴こえる人が決めるものじゃないって思うけど違うのか?

「本当に伝わっているんですかね?」

伝わっているからこそ、何度も来てくれるわけで、つまらないと思ったらきてないっすよ。

「何十人の聴こえない人がいるんですか?」
たくさんいないと、コンサートにきちゃいけないんでしょうか?

などなど。


褒めてくれているアンケートの方が多いのに、私は一つ一つ、立ち向かおうとするのでエネルギーが消耗する。
この葛藤はだれにもわからない。

肯定と否定の中で、『全否定に入らないようにするだけで、精一杯だから』

スルーするという力が弱いから仕方がない。
それを認知行動療法でなんとかしたいと思っているけれど、今のところ、目新しいものは発見出来てない。
病院とか、外に出る人格は決まっているから、本当に困っている人は表に出ない。

本来なら、ぐちゃぐちゃのままで病院に行けるといいのだけれど、なかなか見栄っ張りだから(笑)



あれもこれも
そう思うのは、それぞれの人格さんがしたい事が別だから、頭の中で混乱するんだろうと思う。

こういう時こそ、一人の人格で居られる人がうらやましいし、一度なってみたい。

だからこそ、暴力やめてって、戦争やめてって思う。


先日のう~みさんの歌に「♪うれしい時も、かなしい時も、なにはともあれ、愛があればね」とあったけれど、う~みさんが、「愛があればね」の所で、「行くよ」と声をかけて一緒に歌ってねとしてくれるのだけれど、私は「愛があればね」と言う言葉に反応してしまって「ないし・・・・」とどうしても歌えなかった。


まーさんも、この歌を私に歌おうと誘うけれど、この言葉のところは、「とてもぶっきらぼう」になる。歌にならない。(笑)


100かゼロ。この習慣はなかなか変われない。

努力しているけれど「もういいよ」と切りたくなる私の力を抑えるのには、かなりの気力が必要。
疲れ果てる。

苦手なものは、苦手。
嫌なものは嫌。

そう言えたら、どんなに楽だろう。

なんで、周りに合わせちゃう人がいるんだろう。へろへろ~~~~~♪



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 先週の通院を忘れてしまって、今日受診。

Drに労ってもらった。(笑)
事故の事とか、いつもは「変わりありません」「マイペースで」だけで終わる会話なんだけれど、今日はいつになく花話を聴いてもらった。

「それは大変だったね」と聴くと、「そうなのよ、大変だったの」とか「眠れなくて薬の飲み方を変えたの」とか、言えるんだね。

最近、なんでこんなところで熟睡できるわけ?というような場所で寝ちゃうんだよ。

今日も、病院から家に戻ったら脱力してしまって、ずっと寝てたし。

そうそう、事故の加害者から電話がきました。
いまもタクシーの運転手の仕事をしているらしく、今週は昼間は都合がつかないらしい。

私も今週は夜は練習があるし。

相手の都合に合わせるのは嫌だから、来週にしてもらった。

そして、第三者に入ってもらうことも頼んで、自分も友人に同席してもらう事にした。


まーさんの制服もよくみたら、すれてかわいそうなので、新しいのを購入することにした。
保険会社から入金を確認したら、我が家に連絡がくることになった。

なんでも立て替えていると段々負担が大きくなってお金が・・・ってなる。

そうじゃなくても、保険では適応しない電話代とか、いろんな負担があるのよね。

私の精神的な負担とか、増えた薬代とか、眠れない日々とか。

まーさんも同様で、フラッシュバックとか、PTSDになってしまった救急車のピーポーの音とか。

頸椎のねんざだから、あとでむち打ちになるとか。


私の場合、変なところで睡魔に襲われるのは脳波の乱れによるものらしいので、(以前は抗うつ剤を飲んだあとにそうだったけど)人格が入れ替わるたびに脳波は乱れるわけで。


酷使してるんだね、私の脳。

いろんな事に対応できるのは、多重だからで、一人だったらとっくに倒れているのかもしれない。


まーさんのメンタルのDrも、「お母さん大丈夫?」と聴いてくれたらしい。



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ユニバーサル映画上映が世界会議に参加できる可能性が出てきました。

と、言っても静岡県で開催されるものですが会場が押さえられれば函館から発信できるものとして世界から来ている人達に届けられる。


わたげってすご~い。



夏には札幌にもいくんだよ。


秋も忙しい

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仕事してたら出来なかったことだからこれは運命的な出会いかしら。


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