忍者ブログ

虐待を生きて~kasumi&michieのキルティング人生と快復~

虐待の連鎖を切る手助けをしたい。。 これからは、一緒に歩いていこうね。 2010年私なりの終止符うちました。 新しい道はどんな道??

   

カテゴリー「kasumiの日記」の記事一覧

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 時々、座布団のうえにちょこんと乗っかっている赤ちゃんに出会う。
泣いてて、お腹がすいているのに、だれにも抱き上げられない。

3歳くらいのkasumi。
指をくわえてて、淋しそうなんだ。
泣きたいのに泣かないでこらえている。

この時代から、私は「この世に生まれて来た訳」を知りたいと思っていたのかもしれない。

なんで?どうして?

どんな時も、その訳を知りたがる私がついて回る。

私が悪いの?どうすれば良かったの?教えてよ?っていつも考える癖がある。

けど、赤ちゃんのkasumiが悪いなんて事はないよね。

3歳児の私が、生きていてだめってことはないよね。

だれからも愛をもらっていないと感じる私の感性は正しかった。

唯一もらった「無償の愛」は娘からもらった。

条件なしで、私の腕に抱かれて眠ったり、笑ったり、感情を伝えてくれた。

私が良いお母さんじゃなくても、頑張っていなくても、「ママは小さいんだから、いじめちゃ駄目」と夫に言ってくれた。

ママは小さいんだからと守ってくれた。


弟が生まれる時に、いきなり「別れ」があり、(祖父の家に預けられた。)3ヶ月後家に戻った時には、そこは私の家じゃなかった。

私はいったいなんだったんだろう。

いつも考えていた答えがでた。

DV家庭のスケープゴート。生贄。
いつも、誰かの代わり。

父からみれば、妻。
母から見れば、母親。
弟からも、母親。
妹には、自分から選んだ母親代わり。

かけめなしで私を愛してくれたのは娘だけ。



いつでも、母であったから、本当の母親には、ちゃんとなれたよ。
赤ちゃんのkasumiに出会いたい。
出てきて欲しい。

私が抱っこして、会話して、今度こそ「無償の愛」を手渡したい。

出てきていいよ。

見つけて抱きしめたい。赤ちゃんのkasumi。でておいで。
どこにいるのかな。
いつでも私にSOS出していたはずなのに、ごめんね。気がつけなかった。
もう危険なことはないから、出ておいで。


拍手[0回]

PR
 なんとなく、私って多重人格かな?と思い始めたのは、ゆりさんとの快復作業がほぼ終わって、なんとなくすっきりしたあたりから、あれ??もう一人いるんじゃないのかな?インチャイ・・・って思った事からだった。

それまでは、境界性人格障がい、統合失調、うつ、発達障がいなどなど、いろんな本を読みまくり、似てるけれどどうもしっくりこない。

記憶を消す子どもたちの本を読んでも、いつも途中までしか、頭の中に入らない。

同じ本が2~3冊あるなんて、いつもの事。

とりあえず、今は頭の中に、5人の人格がいるってことはわかっている。

最初はバラバラな感じがしていたけれど、最近はなんとなくぼや~~っ溶けいる感じがする。
ただ「怒り」担当の人格は、娘に嫉妬したり、暴言を吐くこともあるけれど、それも今はとても減っている。


加害行為って、「やめてよ」の一言で、はっとするっていうのも、分析されていることだから、娘が大人になっていくことで、私自身の気持ちがコントロールできるきっかけをつくって、いけるのかもしれないって思った。


多重を治せる人って日本にはいないっていうくらい稀なんだと思う。
けれど、その稀な人に出会えることや、また、私が生き延びるために力を貸してくれる人がたくさんいるってことってとってもすごいこと。

宝くじに当たるくらいの確立かもしれない。

もしかしたら、「父親も多重、母親も多重」の中で私は生きてきたのかもしれないと思った。

そんな環境でも、私はわりとまっとうな人生(謎)を生きている。(笑)


本当に何人交代してくれた人間が私の中にいるかわからないけれど、その人たち(もちろん私の一部)にも感謝。

今生きていることにとっても感謝。


久しぶりにゆりさんのセラピーを受けてわかった事は、私は人格が別れていなれば、自殺していたり、薬物に染まっていたり、アルコール依存になっていたり、もしくは、犯罪加害者になっていたりしていてもおかしくないくらいの環境で育っていたといわれた。

けれど、なぜかそのどれにもあてはまることなく、今を生きているってことだ。

それは痛い事、嫌な事、つらい事、人とつながることなどなどを自信のない、愛を持たない私の変わりに別人格として、築き上げてきてくれた人がたくさんいるってことなんだ。

よく死なないで生きてきたよねとたくさんの人に言われることが多かったけれど、その意味がやっとわかった。(笑)

なんせ
自分の痛みに到達するまでには、とっても時間がかかる。
それは、何人もの人格さんたちが、私を守ってくれていたってことなんだ。

ありがとう。

週末、セラピーを受け、研修に参加し、新しい仲間と出会い、そして、大好きなゆりさんの言葉を聞き、至福の時をたくさんもらった。


とってもうれしい。

もっと、もっと自分に自信をもって生きよと、たくさんの人に言われた。

それはとっても大きな収穫だった。


拍手[0回]

 久しぶりに逢えてうれしかったよ。

苦手なことにも挑戦してるって、わかったよ。

自分の習慣的な癖は「治す」って考えると苦しいから、「変わろう」と思うと気持ちが楽かもしれない。

「治す」ってイメージは悪いものだよね。

今の自分から「変化しよう」って思うことは、気づきがないと出来ない事。

いろんな快復の仕方があって、感じなのは「まだ治らない」と考えるより、「ここのところ、こう言う風になりたい!」って願うことだったり、考える事だったり。

私もそうだけれど、私は私のままでいいと思えた事でとても楽になったよ。(笑)


その私のままにプラスして、できなかったことが出来るようになったとか、挑戦している自分とか、行動している自分を見つけられることって、とても大切な事だと思う。

人って気づくと変われるんだよね。年齢に関係なくたしかに確実に。

だから、とってもいい経験を積んでいるし、楽しそうに見えたから、よかったなぁ・・・って単純に褒めたくなっただよね。(笑)


人は気づいた瞬間から変化して行くから、もうそんなに「治そう」って思わなくても自然のままで行動したらきっと、見えなかったものが見えるようになってくるよ。

こんどお茶しようね。(笑)





拍手[0回]

そういえば、今度の日曜日は母の日なんだね。

連休中、娘と買い物に出かけてあちこちで 母の日コーナーを見て、そうなんだ・・・と思っただけで、そんなに嫌な気持ちにはならなかった。

「ありがとう」と強要していた母から、遺留分として遺産があったんだ。

それは素直に、もらっちゃったら?という周りの意見も多かったのと、弟に2度も怒鳴られたのも嫌なことだったから、手続きを弁護士さんに頼んでしてもらった。

半分は貯金だよって娘に言われながら、「そのとおりです」と思って定期にした。(笑)

母からのお金は使いきってしまう習慣がある。

高校生のときに、待ち伏せされて「あいたかったんだもん」という言葉を真に受けて月に1回、食事したり、買い物に出かけた。
けれど、これを目撃されると家に帰って殴られる・・っていう構図だったから、とても辛かった。

お小遣いとしてもらう5000円は、非常に困った。

もらっていないはずの物があってはならない。

だから、食べ物とかに使っちゃって、ないものにしてしまう。

金銭感覚が弱いのも、この変な習慣からなんだと思う。(他人のせいにしよう)

4月は娘の高校入学のお祝いのお返しやら、とても大変だった。

早くお礼をしなさいという夫にも、せかされて・・・・。


通り一遍のお返しはしたくなくて、ありが糖という桜のお砂糖の入った調味料のセットを送った。


中学校の3年間は、私も娘も苦しかった。
そこから抜け出せたことと、今通っている高校が、中学よりはまし・・・だといって、毎日いまのところは通っている。

本当のおめでとうは卒業する時にあるのかもしれない。

今日は漢字のテストで、昨日入試以来はじめて勉強していた。

学校の授業は、その時間内で宿題も終わってしまうけれど、それだと80点しかとれないんだよね。どうしたらいいカナ?と・・・・・。

漢字検定も、英語検定も学校全体で取り組んでいるから、それなりに刺激はあると思うのだけれど・・・・・。

学校祭は楽しそうだといいながら、楽しみにしている。

来週、中間テスト。

今日はメンタルの通院だけれど母は要らないとのこと。
自分で通えるようにするんだ・・・と。

母ちゃんに対して困っていることは、ひととおり区切りがついたのかもしれない。


拍手[0回]

新年度に入り、変化がありました。

一つは仕事の事。
不況の波は私自身へもどんどんと来て、大学の非常勤の枠が半分以下に減ったこと。


リハビリにと思っていた掃除の仕事も、ビルの老朽化に伴い、テナントに会社そのものが引っ越すことになり、現場がなくなる事で4月いっぱいでパートで働く場所がなくなりました。

8年前に、うつで倒れて仕事をやめた私にとって、毎日同じ時間に職場へいくことはとても大変なことでしたが、三年半それが続けられたことは大きな自信につながりました。

わりとなんでも出来る人なので、探そうと思えばきっと仕事はあるだろうけれど、今通っている教会の幼稚部で資格のある人で手伝ってくれる人が必要らしいので、それを少しのんびりとしようかな?と考え中です。

私の生きてきた基本になってきた手話の活動が、今年は大きく変化しそうなので、それにゆっくり時間をかけたいという気持ちもあり、しばらくは充電期間かもしれません。


それから、不眠が少し解消されつつあるので、朝型の身体に少しづつして行きたい。

娘の中学卒業で、やっと「中学校」というところから縁が切れて少し気持ちが楽になっている。

まあ、高校に通うのでまた違った視点での関わりはあると思うけれど、義務教育の枠の中で苦しかった娘の想いを一緒に共有できた3年間だったから、それは私もきっと成長で来ている部分だと思う。


娘は卒業して高校の説明会のあと、13日間旅にでて今日帰ってくる。

私の妹の家や、父親の単身赴任先、祖父母の家、いろいろ他人の中で生活してきて、久しぶりのご対面になる。(笑)

ひとり旅が好きなのは夫にも似ているんだろうと思うけれど、すっかり今までの事を整理してくるんだろうなと思う。


中学校は不登校を選んで高校はそれなりに自分の道を選んでいくんだろうと思う。

最近心理テストを受けて、10日に結果がわかる。

きっと想像している通りだとは思うけれど。

MMPIとロールシャッハ。

疲れたけれど、すっきりもした。
その道を薦めてくれた人たちに感謝。


拍手[0回]

   
Copyright ©  -- 虐待を生きて~kasumi&michieのキルティング人生と快復~ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by Crambon / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]