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虐待を生きて~kasumi&michieのキルティング人生と快復~

虐待の連鎖を切る手助けをしたい。。 これからは、一緒に歩いていこうね。 2010年私なりの終止符うちました。 新しい道はどんな道??

   
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最近こそ安定してきたと思うけれど、テンションがhighの時と、lawの時があまりにも差がありすぎて、自分でも疲れてた。

他人はどうそれを見ていたのか分からないけれど、でも基本自分は何かが変わったのかと考えても、変わっていないように思える。

・・・・というか、周りに合わせることに疲れていたというのが本当のところかもしれない。

自分という人間を誰もわかってくれないとイライラしていた。

自分という人間を誰も認めてくれないとイライラしていた。

ちがう。

自分が自分を認められなくて、イライラしていた。

自分に少しいいところを発見できたら、少しそのイライラが減ったような気がする。

イライラをぶつける言葉は最低な言葉。

刺をもち、さらに毒も持っているかもしれない。

自分には慣れすぎていて効果のない毒。

でも他人に刺さると効果てきめんの言葉。

その逆もある。相手がなにげなく使っていても、

私の心にぐっさり刺さる。そして、痛くなかなか抜けないし、毒もすごくまわる。

「普通」

普通になりたかった私は、この言葉を聴くと、「悪かったよね、普通じゃなくて」と気分は最悪。

家庭単位でみると離婚歴のある家庭の子ども。
それだけで就職も不利だった。いまでは笑い話だけれど、親が離婚していると立派な保育士になれないと言われたこともあった。

子どもの時から、親は親、私は私だと思って生きてきた。

けれども、大人になった私はとても「普通」を欲しがった。

「普通」なんてどこにもないのにね。

神様が魔法をかけてくれるなら、複数ある多重性を一度だけまとめてくれないかな?と思うことがある。

自分を否定しているのではなく、体験として、一度別れていない自分を経験してみたい。

でもきっと、それは「わたし」ではないと思うけれど、

ないものねだりの、願いだろうか。(笑)


ヤマアラシとはりねずみ。

仲良しになりたくて、近づくとお互い痛い思いをする。

温まろうとしても、ぴったりはくっつけない。

痛い・・・・。

最大限近寄って、大好きだよって伝えたら、それが人と人との境界線なのかな・・・と最近思う。

それくらい距離がないと、侵入してしまったり、依存してしまったりして、ややこしいことになるんだな。たぶん。


それがやっとわかってきた感じ。

多分、子どものときに 愛着をもって育てられた人はこんなこと、悩まないんだろうなと、そのあたりだけは、うらやましい。

でも、その分その境界線を知らない人たちへは、発信できるのかもしれないと、よきにはからう。(*^^)v

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