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虐待を生きて~kasumi&michieのキルティング人生と快復~

虐待の連鎖を切る手助けをしたい。。 これからは、一緒に歩いていこうね。 2010年私なりの終止符うちました。 新しい道はどんな道??

   
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 市内のとある小学校の学芸会。

日程とかを知らせてもらっていて、行こうか行くまいが、考えていた。

6年前に出会った姉妹が通う学校で、どうしても元気にしているのかな?と気になっている子どもたち。

私達家族と出会った、そして過ごした時間が本当に彼女たちに、何かの力になっているのだろうか?と、いつもいつも考え、ばったり会えたらうれしいのに。。。といつも思っていた。


サヨナラした日は、親子3人で無力感にさいなまれた。

そして、偶然であった町では、「元気そうだった」

それでも、ゲームセンターで一人放置されていた姉。


3年後運動会を見に行った。

目があって、また来るねって、離れた距離から伝えた。


何度か、チャンスはあったものの私がそこに行っていいのかどうか悩んでいた。

でも今年で最後の学芸会、そして妹の方は、最初の学芸会。

チャンスが一回しかないんだって、思って朝早く起きて出かけた。

妹の方は、別れた時は1歳半。だから、6歳になった今を想像できない。

姉の方は、なんとなく・・・・。


クラスがたくさんある学校で、大勢の中からはなかなか探しきれないけれど、なんとなくあの子かな?という子を見つけた。



そして、クラスに貼ってある「学芸会の目標」という掲示をみた。

大きくなったんだねって。

帰りがけ、「みちえさん」って声をかけられた。
校長先生になった知り合いだった。

え?保護者だっけ?と聞かれたので、「里親」であることと、以前我が家で生活していた子どもがいるんだって伝えたら、名前を聞かれて、「心配なの?」って言われたので、『元気そうだったから安心した』って答えると「いつでも遊びに来たらいいよ」って言ってくれた。

こういう時、顔が広いって便利かも?って思う。


短い時間だったけれど、一緒に過ごしたことはよかったのかな?と、思えた日だった。

真っ黒な洋服しかもっていなかった彼女が淡い色の服を着てたり、かわいい靴をはいていたりしていたので、自分の好きな色とかを母親に使えられているんだろうと思う。

6歳の時には、「ママに言っても無理」って言ってたから。

私は「勇気をだして、自分の好きな色伝えてみたら?」って毎日伝えた。

あなたは大切な人ですよって、伝えたら「私はとっても大切な人です」って言うように変化した。


別れる時、「忘れないでね、かぁかにとってあなたは大切な人ずっとだよ」というと、「うん、わすれないよ、かぁかもね、大切な人だからね」と。

声はかけないで帰ってきたけれど、友達と楽しそうにしていたのをみて、あのころの家庭ではないことがわかったので、良かったそう思って、帰ってきた。



今日、勇気を出してみてよかった。うれしかった。






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